おならっぷばーん

真夜中の異臭さわぎ

赤ずきんはオオカミの食欲をそそる

『赤を身につけるとなぜもてるのか?』(文藝春秋)をちょこっと読んだ。

なぜかと言えば、赤が野性の血を騒がせるから。もっと詳しく言うと、同じ人でも赤色の服を着ている場合に、もっとも他人から「魅力がある」と判断されやすいから。この効果は性別に関係なく現れる。だからモテたい人は、今すぐにでも美容室に駆け込んで、髪を真っ赤に染めてもらってください。まったく関係ない話ですが、わたしの中学では英語の指導にいらした外国人の先生に、「My pubic hair is purple. (私の陰毛は紫色です。)」と真剣な顔で告白する遊びが流行っていました。

モテるモテないって結局、見た目か金だろ? いや、見た目と金の混合比でしょ? 立ち読みする手を休めて顔をあげたとき、目の前をいかにも貧乏そうな赤シャツ男が通った。背にプリントされた意味不明の英文を見ながら、あれでも彼は青いときより魅力的なんだ、と思ってふたたび書中に帰る。

 

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もっとも注意を引いたのは、もう一つの赤の効果である。テスト前に赤いもの――用紙に印刷された赤いマーク、部屋の赤い飾り、赤いペンを見たチームは、見なかったチームにくらべて、テストの得点が低かった。赤は冷静な思考を奪うのである。それをふまえて、わたしが最近買ったノートを見て欲しい。これでもか、というほど真っ赤な表紙である。通りでバカみたいなことしか書けないわけだ。マクドナルドの看板を描いたり、中学の卒業アルバムを開いて、自分の肖像写真をまるで他人を見るかのように眺めたときの感想が記してある(なんか暗そう、友達少なそう、爆弾の作り方とか調べてそう)。ほかにも「ロボット」というキャプションがついた一眼レフカメラの絵、万引き犯に間違えられた紳士が店長相手に必死の弁明を試みるショートコント。もちろん、そんなことを書くために買ったのではない。

「人間理性が到達できる最深遠の宇宙的真理をとらえたぞ。未来五千年の人類史を築くために、何としても書き残さねばならない。」毎回そんな覚悟でノートを開く。しかし表紙で赤を見るから、宇宙の真理がマクドナルドのロゴに化けてしまうのだ。まったく残念である。実はブログを書くにも、腹がよじれて死にかかるほどの爆笑ネタから、ハンカチが乾くひまない感動ストーリー、言うこときかない放蕩息子を一日にしてジャイナ教の修行僧に変えるほど高徳な訓話まで、あらゆる要素を詰め込んだ一大スペクタクル巨編を構想し、実際頭のなかでは完全無欠の設計図が出来上がっているのだが、いかんせんその下書きをするノートが赤色だから、「困るんですねえ、万引きされちゃあ」という店長の愚痴程度のものしか紙上に出てこないのである。

テストの出来に関して、本の中にもう一つ面白い実験結果があった。科学者のように白衣を着てテストを受けたグループは、そうでない人たちにくらべて、成績が良かった。頭のいい人が着用する(しそうな)モノを身に着けたら、実際に点数が上がるというのだ。

この結果には、思い当たるところがある。ふだん裸眼で読み書きするが、テスト前はかならず伊達メガネをかけて勉強していた。なんだかその方が、ややこしい問題をすんなり理解できそうな気がしたのである。その効果がどれほどあったか分からない。ただメガネがなければ今頃は、西から昇ったおひさまが東へ沈む世界の住人になっていたはずだ。

一見むなしいカッコつけにも、それなりの意味がある。そう考えると明日からまたスタバで短い足が組める。ラテにくちづけし、タイトルだけで選んだ本に目を落とし、時おり顔をあげ、考え事でもするように外を眺める。そんな演技もいつからか演技ではなくなる。なにも臆することはない。すべての若者よ、カタチから入よ。賢明で、魅力的であるために、赤い白衣を着るのだ。

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