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おならっぷばーん

なにも考えずに、楽しむ

タバコを吸う女が好きだ!

はじめに

いくら熱弁をふるっても、人の賛同がなかなか得られない個人の趣味がある。たとえば、毎回の食事はそれに代わる錠剤を飲むだけがいいとか、少林拳の達人のように髪を伸ばして後ろで結わえたいとか、きゃりーぱみゅぱみゅみたいな子が好きだとか……ちょっときゃりーぱみゅぱみゅの話をさせてください。

Oh! My God!! ゴーストライター

彼女の自伝、という程の真剣なものではないけれど、幼年期のこと学校生活のこと仕事のことを綴ったいわゆるタレント本に『Oh! My God!! 原宿ガール』というのがあります。

Oh! My God!! 原宿ガール (ポプラ文庫)

表紙カバーの彼女が放つ苺ミルクの如き甘たるい匂い、噛んで口の中で潰したくなるような可食性のイメージにがつんとやられてしまって、書店でみた日に買って我がものとし、ねぐらで読み耽ったのですが、いまいち気分が乗って来ない。

おばさん臭い文体のせいです。というより、おばさんが二十歳そこらの女の子に成りかわって、るんるん気分で筆を走らせている絵を想像しながら読むと、のど元に苦いものがこみ上げてくる。この手の本が責任編集者という真の筆者によって書かれていることは知っていますが、ちょっとひどい。「校則では禁止されていたけど、髪を染めちゃった。反対してたお母さんもかわいいって言ってくれたの」という様な表現がえんえん続く。僕が何より憤りを覚えるのは、この子ならこの程度の文章でいいだろうという露骨な演出的手抜きがなされていること。執筆者はきゃりーを装うようでいて、実に巧みに距離をとって、どこか心底で嘲っているようなざらつきを文面から感じる。ラジオを聞く限り、彼女はじぶんの言葉を持っているし、それを伝える表現力もある。外面のエキセントリシティを裏切って、彼女は普通で、真面目で、賢い。自己の掘り下げ方が本で提示されるような稚拙、無感動なものである筈がない。本人が書いているかもしれないと信じられる、信じたくなるような本を書くのが、プロのゴーストライターではないのかしら?

タバコを吸う女が好きだ

タバコを吸う女性が好きだと言っても、多くは理解を得られない。喫煙者である男に限って、タバコを吸う女とは付き合いたくないと言ってのける。まるで男子だけに許された喫煙権を侵すなと訴えるような反発のしかたである。

僕は財布が空のとき、さすがに落ちたシケモクまで拾う勇気はなかったが、父のタバコを盗む程度には立派な喫煙生活を送っていた。今ではもう吸わない。吸わないが憧れはある。嫌煙ムードに排撃されて、街の角へと、端へと、陰へと追い込まれながら、隠れるようにせわしなくタバコをふかす姿は、はた目に見ると哀れなどころか大変うらやましい。何でも、いけない、いけないと思いながらやるのが一番楽しいからだ。過食、痛飲、浮気、横領、虐待、殺人。さあ、思う存分にやってくれと言われたとたん魅力が立ち消えて、今度はあえてやらぬことが風流を帯びてくる。吸ってはいけないのにまた吸ってしまった、ああ私は何をしているんだという後悔を圧力にして、禁則を破る快感を高め、ひと口ごとに身をよじるような快楽を得ている人が好きだ。パートのおばちゃんが店の制服に一枚羽織っただけの恰好で休憩に出て、人通りに背を向けながら顔に白粉をはたくようにタバコのフィルターで唇をたたき、ひたすらニコチンを血中に補給する姿にたまらずグッとくる。これだけは何度力説しても分かってもらえない。「そんなものどこがいいんだ?」またいぶかる声を空耳に聞く。

【タバコを吸う女】

「二十代前半の女性。輪ゴムを巻いたように関節部だけ絞りの効いた肥満体を、柄ものの派手な短パンTシャツで包んでいる。根元をびっしり黒くした金髪セミロングを掻きわけて、苦虫を飲んだような、くたびれたカエル顔。駅のロータリーの沿道で、灰色パイプの鉄柵に腰かけて股を大きく開き、口から鼻からもわもわと遠慮なく白煙を吐き散らす。休憩中のタクシー運転手に混じって、灰皿の底でタバコの火をもみ消した。」

 

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タバコを吸う女】は、街で見かけた女性喫煙者のスケッチを保管する場所だ。あとから一人でコレクションを見直してにやりとする。そう書くと、自分がとんでもない変質者のように見えるが事実なので受け入れるより仕方がない。ブックリストは言わずもがな、英単語の羅列はiPhoneの辞書機能を使って意味を調べるために打ち込んだものの残骸である。【ふぁっそん】はおしゃれなモノ、着こなしをしている人を見たときに記録するところで、キニナル人たちには雑誌を読んで興味の惹かれた人物をメモする。

 

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小陰唇のユニコーン

David Choeはグラフィティ・アーティストだ。都市の高架を支えるコンクリートブロック、汚い脇道から見上げたテナントビルディングの壁面に落書きされたアレである。まだ名も知らぬ彼の作品集を気まぐれに手にとり、はらっとめくったその先に、女性の小陰唇でコラージュしたユニコーンの図画がでてきてぶったまげた。

茶色のなめくじがしわしわの図体を弓なりに折り曲げて、他の大量のなめくじと連絡し、繋がった腸詰めのようなパターンを形成して絵を描く。目を背けたくなるような不快、しかし直視せずにはいられない万華鏡の世界。本来の使用目的を外れて、一本の線分として性器が扱われるとき、そこに性欲をさそう魅力は一切なく、只ひたすらに醜悪だ。それは男子が日夜夢にみるパンティの中身ではない。解体された臓器。銀盆に載ってやってくるバラ肉である。

僕は自分の安直な性的魅力観を反省した。僕を惹きつけるものは、下着でも、その中身でもなかった。それは下着の中身という関係性だったのである。脱がれた下着にも、露わになった性器にもエロチシズムを感じない。両者の交際が途絶えたあとに残るものは、現実の物理法則に徹底して寄り添う個別のマテリアルである。それは女陰の断片で描かれた神話世界の動物が、どこに羽ばたくこともできない無力のけだものであるのと似ている。彼の提示するイメージがあまりにショッキングで、その名を忘れることが出来なくなった。

 

 

Youtubeで彼のアメリカヒッチハイク旅が見られる。アートとか堅苦しいことを抜きに、文句なく面白い。貨物列車の荷台に忍び込んで、夕日に照らされた黄金色の小麦畑を車窓に、大陸を横断していく様子は、閉塞した日常世界に大きな風穴を開けてくれる。ホーボーみたいな生活、ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』のような生き方に憧れるなら必見だ。ムービーをひと通り観ると、いかにアメリカが広大で、自由で、雑多で、優しく、厳しい国であるか知ることができる。動画中、ぼさぼさ頭にうす汚れたシャツ、安物のビーチサンダルという格好のDavid Choeであるが、実は創業して間もないFacebook社の壁にグラフィティペイントを施し、その報酬に現金六百万円か株式を選べと言われて同社の株を選び、二百億円以上の財産を得た大富豪である。

蛭子能収のはなし!

最後にメモ帳から「蛭子能収のはなし!」を消化しておきたい。ここでしておかないと二度と話す機会が巡ってこない。前回の東京旅行の記事のどこかに挿入しようと思っていたが、場所がなくて出来なかった。東京といえば芸能人、ぜったい誰かを見るだろうと期待していたら、行きがけの新大阪駅で蛭子さんに会ったという話だ。改札口でひときわにこやかに笑っているおじいさんがいて、よく眺めたらテレビで見た顔だった。ギャンブル狂だとか、仕事が適当だとか、人の葬式でたまらず笑ってしまうとか、奥さんと死別してすぐ若い女性マネージャーを口説くとか、実際はかなりの収入を得ているが大衆人気を買うためにわざと貧乏人のふりをしているとか色々言われているが、そんな前評判を吹き飛ばすほど晴れやかな笑顔だった。七福神のだれかが頭に浮かんでぴたりと重なった。人格と笑い顔の均衡がまったく取れていないところがこの人の魅力だと思った。結局、東京では誰ひとり有名人を見ることがなかった。

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