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おならっぷばーん

なにも考えずに、楽しむ

能町みね子に学ぶ盗聴基礎

能町みね子『お話はよく伺っております』(エンターブレイン)を読んで、ひとの話を盗み聞くおもしろさ、大切さを学びます。

お話はよく伺っております

お話はよく伺っております

 

本書は、女性ファッション誌『Soup.』の、連載企画「能町みね子の街の声」をまとめた本です。街なかで出会った人々の発言をとりあげて、いろんな想像をめぐらすところに楽しさがあります。なかでも印象に残った場面を2つご紹介します。

 

例①

バス乗り場にいたフランス人のおばあちゃん、赤ん坊をみて、こう言いました。
あーあたらしいー人間ー。あたらしい命ー。かわいいー
能町さんは「間違ってない。その創意工夫に尊敬」と言います。たしかに、これは「赤ちゃん」という単語を知らないからこそ出来た、新鮮な表現です。

 

例②

電車内で、男の子がお母さんに質問します。
「なんでおじいちゃんになったら死ぬの?」
この難問にお母さんは「そうねぇ」と言ってお茶を濁します。
すると、子どもがさらに問い詰めます。
おじいちゃんは役に立たないから?」
そばで聞いていた能町氏は、「ひぃ! なんだのナイフのような問いは。寒気が……。」と言ったあと、「坊主、おじいちゃんは役に立つとか立たないとかじゃないんだよ! 人の存在価値を効率で考えちゃいけないんだ、分かったか坊主!」と心の中で諭します。

 

 

他人の話に聞き耳を立てろ

 

彼女が集めた人々の会話を眺めていると、フツーの人たちがいかに愉快な会話をしているのか分かります。そして、どれほど自分が、ふだん他人の発言を聞き流してしまっているのか、ということにも気付きます。

売れっ子の芸人さんが、テレビで披露する笑い話も、他人のちょっとしたひとことであることが多いです。彼らが優れているのは、それを再構成して伝える話術と、そして何より、人々のこまかい言動の違和感をとらえるアンテナの感度です。人間観察の眼、耳がとても鋭敏だからこそ、それを戯画化して語ることができるようになります。こうした能力は、芸人に限ったことではなく、作家にも必要な能力であると、永井荷風は言います。

 

  • 読書思索観察の三事は小説かくものの寸毫も怠りてはならぬものなり。読書と思索とは剣術使の毎日道場にて竹刀を持つが如く、観察は武者修行に出でて他流試合をなすが如し。『小説作法』

 

創作を仕事にする人間の力量は、受け手をどれだけハッとさせられるかにかかっていると思います。その「ハッと」は、高等研究所で生みだされるものではありません。ふだんの生活で人びとが見逃し、聞き流している、ごく日常的な素材なのです。

 

 

盗聴するならココ

 

能町氏が人々の会話をピックアップした場所を表にまとめてみました。

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電車とカフェが突出しています。彼女は、喫茶店で原稿を書くことが多いので、自然とカフェで採集する会話が多くなるのでしょう。

しかし、カフェは上級者にしか向きません。テーブル間が離れていたり、店内がうるさいと、となりのテーブルの会話すら聞くことままならないのです。会話盗聴にチャレンジして初めて気付くことですが、人々は自分たちにしか聞こえないような絶妙のボリュームで話しています。カップルはその典型で、お互いの声がぎりぎり届くぐらいの距離で、ひみつの通信を行っているのです。

最適のスポットは、電車です。まず利用者との距離が近い。カフェは、ほかのお客さんと不快にならない距離が保たれていますが、電車だとそうはいきません。満員電車では身体が密着することだってあります。裏を返せば、ふだんの生活では絶対に侵入できない他人の領空に、堂々と踏み込むことができるのです。これは絶好の盗聴環境といえるでしょう。さらに、電車内はそれなりに静粛です。乗客には一応マナーとして、静かな振る舞いが期待されていますから、話している人の声が一段と聞こえやすくなります。

おわりに

この本に触発されて、人びとの会話を集め始めました。誰だって、近くにいる人が会話していたら、ちょっと聞いてやろうという気になるでしょう。でも、たいていすぐに「なんだ、つまらない」と思ってしまう。一見価値のない話をあえてメモに残して、後で見返してみてください。年齢、性別、服装、声の感じ、発言内容から、話者の置かれた状況、過去、人となりを自分勝手に読み込んでいくことが、だんだん楽しくなってきます。

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