「【回答編】男女をたった一時間で親しくさせる方法」のはなし

 

前回の記事の回答編になります。

propus.hatenablog.com

 

世界中の誰でもかまわないとしたら、だれを夕食に招きたいですか。

松本人志。ずっと憧れている。中学生の頃、コント番組『ごっつええ感じ』の3枚組DVDが発売された。価格は一万円。欲しくてたまらなかったが、手が出ない。販促のために、店頭で映像を流していたビデオショップへ毎日通い、画面に張りついていた。

進路未決定のまま高校を出て、しばらくは、お笑いの道へ進むことを本気で考えていた。そのころ浪人していた、お笑い好きの幼なじみをつかまえて、冗談まじりに「NSC吉本総合芸能学院)いかへん?」と誘ってみた。勢いよく「なんでやねん」のつっこみが返ってくるだろう、そんな予想に反して、かなり真剣なトーンで断られてしまった。無理もない。彼が生まれたのは医者の家系だった。兄は医者、もう1人の兄も当然医者だ。もちろん彼も将来医師になるべく期待されていた。そんな男を、芸人の道に引っ張りこもうとしていたのである。しかしあのとき彼が「いく」と返事を寄こしていたら、ぼくは行くつもりだった。彼はいま医師になって、患者の笑顔をつくっている。

 

電話をかける前に、言うべきことをリハーサルしますか。それはなぜですか。

リハーサルする。電話は、自分の伝えたいことを、かなり事務的にやりとりするものだと思っているからだ。「きのう友達と2時間もおしゃべりしちゃった」なんていう同級生の女子が信じられなかった。なにをそんなに話すことがあるのだろう?

友人と会う約束をする時も、いちいち事前に要件を整えてから受話器をとり、最小限の会話で済ませるようにしている。通話中はたえず緊張する。親から「金がかかる」と散々脅されたのが原因かもしれない。電話のみならず、通信一般には緊張してしまう。警備員として働いていた時、トランシーバーで連絡する際によく訳の分からないことを話した。
「こちらえー、12番ですが。そのー、B地点に、ハザードランプつきっぱなしの自動車がございますです。がー、どうぞ」

 

あなたにとって、「完璧な」一日とは、どんな日ですか。

昼に起きて、本読む、YouTube観る、散歩する、本屋いく、喫茶店で美味しいコーヒー飲む、買った本読む、もの書く、友人とお茶する、夜中ひっそり映画観る、スマホいじりながら気絶するように寝入る。

 

最後に自分の為に歌ったのはいつですか。誰かの為に歌ったのはいつですか。

それを歌うというなら、先週のことだ。ですよ。という芸人の「あーいとぅいまてーん」というギャグを家でひとり鏡の前に立ち、全力でやった。家のすべての窓が閉まっていることを確認してから、大声で3回ぐらいやった。気持ちよかった。

それを誰かと言えるなら、神のために歌った。讃美歌だ。キリスト教系の大学にいたので、教会でろうそくを持って礼拝することが時々あった。そうすると神が「宗教学」の単位をお恵みくださると、担当の預言者が伝えたから。

ひどい音痴だからカラオケなんて近づかないし、自分でひとり歌うこともない。誰かの誕生日に「ハッピーバースデートゥーユー」と大勢に混じって歌うことはあったかもしれない。しかし歌うことは、自分のなかの一種の禁忌だ。

 

もしも90歳まで生きられて、死ぬまで60年の間、30歳の体か頭を持っていられるとしたら、どちらを持っていたいですか。

頭が冴えていても体を動かせないのは苦痛だ。苦しいと思う脳がある。それに比べたら、ボケても身体は丈夫なほうがいい。原始回帰、本能のまま生きたい。

 

ひそかに自分の死に方を悟っていますか。

父方の祖父が若くして脳卒中で斃れた。母方の祖父はガンである。ぼく自身は今まで2度大きな交通事故に遭っている。サイコロの面はこの3つ。あとは神さまの振り方次第。

 

自分の育ち方を変えられるとしたら、どこを変えますか。

兄弟が欲しかった。ぼくが生まれる前に母は一度死産している。兄貴がいたのだ。周りの友人に兄弟姉妹がいて、うらやましく思う。そんな連中と一緒に過ごしていると、自分の競争心の無さ、甘えが、一人っ子特有の病気であることに嫌でも気付かされる。唯一の美点は、遺産相続で揉めないだけだ。父がほかの女に子どもを産ませていない限り。

 

もし明日目覚めたときに性質や能力を一つ得ているとしたら、何がいいですか。

酒に強いという能力。これはまさに能力だと思う。「飲みニケーション」という言葉はシャレではない。探検家・植村直己は、インドの山奥で原住民からとてつもなく臭い酒を振る舞われた。戻しそうになりながら、なんとか胃に押し込めると、空になったコップにすぐ臭い酒が満たされる。かなり困ったそうである。しかし、まったくコトバの通じない異世界に住む人々とも、酒を飲むことで仲間になることができるのだ。酒は、言葉よりも雄弁である。ヤクザの世界では、兄弟の契り、親子の契約を「杯を交わす」と表現する。絆は、おなじ酒を飲むことによってできるのである。ぼくは少しでもお酒が入ると、頭がガンガンしてきて、もともと低いテンションが、さらに落ちて何も話さなくなってしまう。「はやく帰って寝たい」それだけだ。最近ことさら酒に強くなりたいと思うようになったのは、友人連中のLineグループが合コンの話で盛り上がっているという、きわめて卑俗な理由からである。

 

ずっとやりたいと夢見ていることはありますか。なぜそれをやらないのですか。

小説を書きたい。しかし準備、経験、材料がまだ整っていないと思って書けないでいる。とにかく書きだすよりほかに方法はない、ということも知っている。だからあとは一から十まで決心の問題である。

 

いちばん大切な思い出は何ですか。

幼少期、旅行好きの母に連れ去られるようにして、いろんな地へ赴いた。この体験が、ぼくの人格形成に与えたショックは大きい。

アメリカ。母は現地の男とデートしていた。ドライブを終えて路肩に停車した車のなかで、二人はささやき合う。男が母の手をとり、「愛している、結婚してくれないか」とプロポーズする瞬間を、ぼくは後部座席で寝たふりをしながらこっそり覗いていた。母は端正な顔立ちと語学力、社交的な性格を活かして、各地に男をつくっていたのである。

そのなかに、フレッチャーというラテン系の労働者がいた。腹のでた中年男だ。フレッチャーのボロ車でカリフォルニアのモーテルを点々とした。帰国の日、母とケンカした彼は、荒い運転で車をどんどん飛ばした。どこに向かっているのか、まるで見当がつかない。「空港に行ってくれ」という母の必死の頼みを無視して走り続ける。ハイウェーの看板をみた母が「空港は左、ここを左に曲がって」と叫ぶと、彼は直前まで逡巡して、急ハンドルを切った。あの時ほど運命の分かれ道を自覚したことはない。彼があと少しでも優しくなかったら、帰れていたかどうか怪しいものだ。

ぼくが男女交際に関して保守的、消極的であるのは、父が裏切られるところを幾度となくこの目で直視してきたからだ。愛はかりそめのもの、好きというのは所詮フリにすぎない。女性と付き合うことがあっても最後まで打ち解けず、「なにを考えているのか分からない」と言われるのは、どこか心底で、こいつには裏切られるという用心があるからだ。

 

一年後に死ぬことがわかったら、いまの生活のどこかを変えますか。それはどうしてですか。

借金して日本を離れて世界を回る。
日常のこまごまとした制約から逃れて、自由に生きたい。

 

あなたの人生で、愛や恋はどんな役目をしていますか。

よく分からない。性愛(エロス)と愛(アガペー)を弁別できていない。20代の男が、肉欲と情緒的なつながりを求める心を区別していると言ったら、いくらなんでも老成を気取りすぎである。今のところ恋や愛というのは快楽の手段、あるいは結果でしかない。

 

これまでで恥ずかしかった瞬間のことを教えてください。

「好きな人がいるんです」と恋愛相談を持ち掛けられた。話を聞くと、彼女が好きだという人物のステイタスがことごとく自分と一致していく。おいおい、ちょっと待ってくれ、いくらなんでも俺に似すぎだ。あっ。そうか、これは告白かもしれないぞ。頃合いをみて、今やっと気付いたというふりをして、それって俺のことだよね?と優しく言うと、真顔で「え、ちがうちがう。何言ってんの」とあしらわれた。予期せぬ返答にうろたえてしまって、とっさに「冗談冗談」と言って笑ったが、笑いきれなかった。

 

最後に人前で泣いたのはいつですか。一人きりの場合はどうですか。

中学生のとき以来、人前では泣いていない。そのときも純粋な涙ではなかった。どれだけ早く泣けるかをとなりに座った女の子と競ったのだ。ほんとうに人前で泣いたのは、小学4年が最後、友人連中のからかいを受けた時だ。一人きりで涙したのは、昨年『赤い靴』というクラシック映画を観たとき。直近では先週、アニメ『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』の第18話「天使の詩」(テロリストとその娘の悲哀な物語)を見て、落涙はしないものの目が潤んだ。

 

深刻すぎて冗談にしてはいけないことは、どんなことですか。

「そんな風に生きていて幸せ?」と訊かれることだろうか。ぼくは世間が提出するいかにもな幸せを目指して生きるより、その幸せを解体して、実はくだらないものとして眺めるほうが楽だ。なんでも逆さ向きに考えるのが、持たざる者の生きる知恵である。

 


以上になります。
親しくなれましたでしょうか?