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おならっぷばーん

なにも考えずに、楽しむ

「憧れのムービースター」のはなし

小さい頃のスターといえば、シルベスター・スタローン、アーノルド・シュワルツネッガー、ジャッキー・チェンの3人だった。80年代ハリウッドの筋肉アクションと、コミカルなカンフーアクションに魅せられて育った。ひとつは日曜洋画劇場の教化のせい。それに、空手を習っていたから、自然と強い男にあこがれたのである。しかし、彼らはあまりに強い男たちだった。

コマンドー』なんてたった1人で、何百人を相手に暴れまわり、ほとんど無傷のまま敵要塞を壊滅させてしまう。だれ一人理性的な人間が登場しないこの映画は、のちのちネタとして人気する。もちろん子どものときは純粋に「カッコイイ」という意味で、この映画を好いていた。敵地に乗り込む直前、顔に迷彩ペイントを塗りたくり、ナイフ、サブマシンガン、ロケットランチャーを順々に装備していくシーンに撃ち抜かれた。ビデオを巻き戻して、何回も何回も旅支度をするシュワちゃんを眺めて、うっとりした。

ランボー』か何かみた翌日、ぼくは英雄になった。ズボン、シャツ、ベスト、キャップをすべて迷彩でそろえて、腰にはモデルガンを2挺差し、十徳ナイフをポケットにしのばせて、指令通り、さっそく団地の公園に入った。敵に見つかってはならない。木の幹に身体を寄せて、隠れながらじりじり進む。ときどき腹ばいになって、敵が潜んでいそうな植え込みに銃を向け、架空敵を撃ち倒していく。上々だ。原っぱを勇ましく匍匐前進で突破しているとき、友達のお姉ちゃんがそばを通りがかって目が合った。2つ年上で、会うたびに緊張しないではいられないような美人だった。予期せぬヒロインの登場で、幻想が破られた。ぼくは映画の中のヒーローから、幼稚な遊びに興じる男児に戻った。恥ずかしさで全身にぼっと火がついて、一心不乱に走って逃げた。逃走中、迷彩ベストとキャップを脱いで、それでモデルガンを包み、かつて勇士であったことを隠すようにして家に帰った。戦地で受けたトラウマが癒えず、あれから迷彩服を着ることができない。

「坊主、マグナムが撃ちたいのか? そんな小さい手じゃこいつは撃てねえ。大人になってから来るんだな」
スキンヘッドの男は笑った。ハワイの実弾射撃場だ。うす暗い部屋で、奥に吊るされたターゲットの紙を狙う。アーチェリーの的のような、丸が重なったやつだ。9mmのセミオートを撃った。結果はまずまずだった。家にあるBB弾を撃つ銃とは、まるで重さも反動も違った。初めはびくびくしたが、慣れれば小学生でも簡単に扱えるようになる。そりゃ子どもが同級生を撃って死なせたりするわけだ。はじめから実弾射撃をする計画はなかった。目抜き通りで配られた宣伝ビラを見て、親にやらせてくれとせがんだのだ。

その中国人は毎日路上に立ってビラ配りをしていた。ほかの配り手と大きく異なるのは、彼がぐるぐる回ったり飛び跳ねたりした後、たくみな手さばきでビラを差し出していたことだ。ぼくは彼の動きに魅せられた。顔に背格好、その動きがジャッキー・チェンを思わせたのである。「息子が、あなたのことをジャッキーに似ていると言っている」と母が伝えると、ジャッキーは笑って握手してくれた。名前をデニスと言った。それから何回か実弾射撃場に行ったが、彼からもらった「D」という目印付きのチラシを必ず持っていくようになった。彼に報酬が入るからだ。数年後、デニスが立っていた通りを再び歩いた。彼の姿はない。射撃場はみやげ物屋に変わっていた。

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