「忘れられない忘れ物」のはなし

教師は忘れものに厳しい。前回、音楽のはなしをしたときに、中学時代のある音楽教師のエピソードを思い出した。しかし趣旨からずれると思って書かずにいた。今日はその女教師から始めよう。

彼女は、ことさらじぶんの細身を強調するような衣服に身を包み、とかしつけた黒髪をかっちり結い上げて、細いフレームのメガネに金色のチェーンをぶらさげていた。声楽でならしたのか、いつどきも火花の散るような声をだした。音楽室からとおく離れた教室にいても、だれかを叱りつける声がのびやかに聞こえてくる。彼女は、問題の生徒をわざわざ廊下に引きずり出し、生徒の目に涙が張ってくるまで、焼けた舌端を顔じゅうに浴びせかけた。いつまでも私語を止めなかったとか、遅刻してきたからというレベルで起こる話ではない。うっかり教科書か、リコーダーを忘れてきただけで廊下行きなのだ。忘れものに気付いた生徒のなかには、どこからか縦笛を調達してくるやつがいた。怒られるより、他人のつばを飲んだほうがましなのである。

忘れられないのは、生徒のささやかな反抗だ。掃除の時間、グランドピアノの下を掃いたら、底板になにか書きつけてあるのを見つけた。「この支配からの解放」という一文だった。卒業生か、引退した吹奏楽部員によるものだろう。たった一行のメッセージはピアノの音を変えた。そこから弾かれるどんな曲も、生徒側の勝利を讃えるかすかな聖歌を伴うようになったのである。

数学教師は、教科書を忘れてきた女生徒を立たせて、平手打ちした。右手で頭をはたき、よろけたところを今度は左手で打った。つづいて右、左、右。女の子は教師の手のなかでボールのように廻された。くずれ落ちた彼女の髪を鷲掴みにして、「本を忘れてくるとはどういうことだ」と言いながら、振りかぶって最後の一打を加えた。手ごたえを感じた教師は呼吸も整わぬ間に授業を再開し、女の子のほうは机に伏してそっと泣いていた。それは指導というより、執拗な暴力だった。あとで問題にならなかったのが不思議で仕方がない。女の子は体罰を日常風景にする家庭に育ったのだろうか。とにかくこの場面は忘れようにも忘れられない。

それにくらべたら、高校にいた数学教師は小粒である。かれは、教科書忘れにはいっさい関知しなかったが、黒板の消し忘れには怒った。怒ったというより、前の授業でのこった板書のうえに、黙々とじぶんのチョークを重ねていくのである。生徒は一瞬ぎくりとするが、しばらく古文の混じった数式を見てなんとか判読してやろうと構える。なぜか根競べである。先生のほうはどうなっても構わないから、結局生徒が折れて消しに出るというのが常だった。一体何を競っているのかわからない。

大人になると、はなから忘れ物をしない手立てを考えたり、しても挽回する知恵がついたりして、まずい失敗をしなくなる。すると今度はひとの失態をやすやす容認できず、「教科書を忘れたぐらいで人を殴りつけてはいけない」というルールを忘れてしまうのである。

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