「はじめて書いたラブレター」のはなし

夜になにかを書くのは危ない。そう痛感した出来事がある。

ラブレターを書いたのは、午後10時。小学4年生だった。小学生の午後10時とは、大人の深夜1時にあたる。理性のにぶった時間に、感情をほとばしらせて一通の恋文をしたためた。文面のむこうに同じクラスのKちゃんを想った。

Kちゃんは、栗色のふわふわ髪をしていた。目は大きく、鼻すじが見事に通っていて、どこか異国の生まれを思わせた。たいへん頭のいい子だった。性格がほがらかで、だれともよく話した。こう書くと、男子全員が一度は好きになるクラスのマドンナみたいに聞こえるが、決してそうではない。どちらかというと、ヘンな子だった。

「キスすると赤ちゃんができる」とだれもが信じて疑わなかった時期に、彼女はひとりだけ「違うよ」と即答できるような子だった。給食の時間、となりに席をくっつけて詳しい話を聞いた。彼女はだまって左手で輪っかをつくり、右手の指をぴんと立てて、輪っかの中に入れたり出したりしてみせた。「こうやってできるんだって」と言われたが、まるで見当がつかなかった。

不思議な魅力に、すっかりやられてしまった。好きだと伝えてしまいたい。しかし面とむかって言うには勇気がない。どうすればいいか考えたあげく、ラブレターを書くことにした。文言はあまり覚えていない。「驚いた?○○です。急に手紙かいてごめんね」という始まり方だった。どこかで「あなたのことがずっと好きでした」と書いた。手紙だけでは物足りないと思って、当時はやっていたポケモンの玩具を、おなじ便箋に詰め込めるだけ詰めた。アニメの影響か、女の子にはモノを贈るのだという意識がなぜかあったのだ。

翌朝、ぼこぼこにむくれた小包をかかえて学校へ行った。手渡しする計画だ。ところが、緊張して彼女の前に立つことすらできなかった。終わりの会を過ぎても、結局渡せない。諦めきれず、いっしょに帰る友達と別れてひとり、その子の家に向かった。きれいな水色のタイルの家だった。チャイムを押しても出てこなかったらどうしよう、お母さんが出てきたらどうしようと迷いに迷い、玄関ドアの前に手紙を置いて帰った。どうして郵便ポストに入れなかったのだろう。ドアをひらいて手紙をひきずり、あっとおどろく彼女のすがたを想像したのだろうか。

ここから記憶がかなり曖昧になる。手紙を置き去りにした翌日、かならず学校で顔を合わせているのに、そのときのやりとりが思い出せない。「あれはなんだったの?」と訊かれて、いやなんでもないよ、とそっけなく言った気がする。それより先は忘れてしまった。記憶のほうで再生したくないのかもしれない。

唯一憶えているのはビンゴ大会の日だ。それぞれが家から持ち寄った景品で床はいっぱいになった。みんなあれが欲しい、これを取るといって大騒ぎだ。ぼくはひとりだけ楽しむことができない。あのとき便箋に詰め込んだポケモンがそこにあったからである。

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