おならっぷばーん

真夜中の異臭さわぎ

「本屋好き」のはなし

本屋に行くのが好きだ。

ほんとうは毎日寄りたい。とはいえ都合もあるから週に二、三回というのが実情だ。家の近所にある書店をつかえば望みを叶えることもできるが、行きたい店はずっと遠くにある。都市部の大型店で、町の本屋では絶対読めないものを置いてあるところに通いたい。気の向くままに電車に乗って都会をめざすと、移動費だけでハードカバーが何冊も買えてしまうから、一回の内容を濃くするという方針で臨んでいる。すると今度は、朝から日暮れまで自由に動ける予定を用意することが難しくなる。この行き詰まりを突破する鮮やかな方法は、その本屋さんで働いてしまうことだ。

かなり繁盛する大型書店で同級生が働いている。彼とは小学生から高校に上がるまでのあいだ共に学校生活を送った。何度か家にも呼ばれて行ったことがあるが、親友というには遠く、他人というには近い関係を保っていた。そりが合わないというのではない。私のほうで距離をとっていたのである。

彼はいじめられていた。彼の身体的特徴や言動は、小学生の感性をくすぐって、からかいの恰好の対象となった。クラスのガキ大将は日常的に暴力を振るい、現場にいるほかの児童は攻撃の矛先がじぶんに向けられぬように無関心を装いながら、どこかで彼を軽蔑していた。中学にあがって生徒のグループがはっきり立ち現れてくると、孤立した彼のすがたは透けて見えなくなってしまった。どこの高校に入ったか、そもそも高校に進んだかどうかも分からない。忘れかけた彼のすがたを書店カウンターの向こうに見たのは三年前のことだ。それから幾度となく接触する機会があったのに今日まで近づけないでいる。彼の仕事に打ち込むすがたには男一人前の重量感があって、定職もなく何をしてもこれを本道と見い出せないじぶんの存在が影になって見えぬほどまぶしく映るのである。

書店でいちばんおもしろい読みものは、本でなくて人間だ。そこには書いても書き尽くせない物語をじかに生きる人間がある。それは各人の服や下着をめくるだけでは決して読むことができない。わずかな手がかりから想像力を働かせてみるしかない。ある店舗の取り組みでおもしろいのは、自分の生き方を変えた運命の一冊を書店員が一人ひとり紹介するコーナーを設けていることだ。手書きのポップにその人の味が出る。カラフルな丸文字にかわいいイラストが添えてあったり、筆ペンで重厚な批評が書きつけてあったりと様々だ。名前も顔も知らない書き手の人となりをその文面から想うのが楽しい。
「もともと理系で出版業界に興味はなかったが、これを読んで本に関わる仕事がしたいと思った。」入社一年目の男性がそう記していた。ひとの進むところに本が交差して新たな局面が切り拓かれるドラマが、この書店にある最大の物語である。

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