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おならっぷばーん

なにも考えずに、楽しむ

手足口病にかかって地獄をみた話。

股関節がうずくと熱がでるとわかる。その日、朝食をすませて立ちあがると、腰と股関節ににぶい痛みがあった。パン一枚を胃に押し込むにも苦労した食欲と起きてもいっこうに覚めない身体を総合して、午後には微熱がでるだろうと思った。すでに発熱しているかもしれなかったが、体温計をみるのを遅らせて、すこしでも誤算の余地を残しておきたかった。不調を本当にしたくないという気持ちはいつもあって、朝から身体のしんどいときに、血のめぐりがよくないせいだと考えて、ためしに散歩に出ることが多い。たいてい途中で具合が悪くなって引き返す。この日も重たい身体を足で運び運びコンビニまで歩いてみた。白い床はぐらぐら波打ち、店内放送は両耳から脳の芯にまで滲みた。ならんだ商品の媚態が目にうるさく、何ひとつまともに直視できない。軽い吐き気がこみ上げてきた。おれには熱があるらしい。ついに観念して、養生のためにグレープフルーツ味のゼリー飲料とポカリスエットを買って備えた。

どうせ風邪だろうと思った。鼻水がでて、のどが痛み、微熱がある。なじみの症状だった。ところが、やけにのどが痛むのである。ご飯はおかゆにしても、飲み込むたびに目に涙が張るほど痛い。もともと食欲がないうえに、実際に食べものの交通手段まで断たれてしまった。こうなると無邪気にのどの粘膜を引っ掻いていく固形物はすべて食べものであって食べものであらず、もっぱらゼリーのみを主食とする生活に切り替えざるをえなかった。それでも嚥下するごとに、きっちりと基本ぶんの痛みはついてくるから、一度にできるだけ大量のゼリーを口に含み、ぐいと一気飲みしてのどを使う回数を減らすという知恵でからだをいたわった。いきすぎた空腹の気持ちわるさと気持ちわるさの食欲不振のスパイラル、いっこうに下がらない熱、動かしても止まっても髄から痛みのわく腰に股関節、鼻の吸気に触れてもひりひり痛むのど。床に入っても苦しくて寝付けない。明け方、意識の途切れた一瞬をつかまえて、つかの間の休息を得る。

針を飲むような痛みをうけて起きる。睡眠中は乾燥するせいか、起きているよりなおひどくのどが痛み、痛みのせいで途中なんども目を覚ました。食べものはもってのか、今では水も飲みたくない。口を開けるにも、のどがひっぱられて痛い。過去にこれほど悪質な風邪を引いたことがあるかと自問して記録なしと分かると、これは風邪とは違う病気かもしれないという不安で頭がいっぱいになった。おそるおそる洗面台に立ち、口の中をのぞくと、ふだんはきれいな半円を描くのど奥がいびつに腫れあがって、赤い岩肌に穿たれた洞穴のように不気味に映った。上下無数に這う唾液の糸はさながら毒蜘蛛の住処である。いやなものを見た気がして急いで近くの耳鼻咽喉科めがけてバイクを走らせた。徒歩五分の道程すら歩きぬく気力がないほど弱り果てていた。

「うわあ」
初老の医者が味のしない銀色のへらで舌をおさえて、ペンライトの角度をこまかく調整した。
「痛いやろ、これは。口内炎が十個も二十個もできとる。最近はこんな風邪が流行っとるんやな」
珍しいものを見たという感じでしばらくじろじろと患部を診たのち、カバに似た助手を呼びつけてあれやこれやと指図した。私はカバに血を採られ、それから場所を変えて薬の入った蒸気を三分間のどに当てて診察室をでた。成果はなかった。詳しいことは血液検査の結果が返ってきてからになるだろう。私はせめて医師がじぶんの長年の経験に照らし合わせて、ただの風邪以上の見立てをしてくれるだろうと期待していた分、大いに失望した。ぐずる幼児を胸に抱いた主婦連中に混じって会計をまつあいだ、ふと指先をみると、ぽつぽつと赤い斑点が浮かびあがっているのに気がついた。

その日からのどの痛みに加え、闘うものが一つ増えた。両手の痛みである。たまに手に血豆をこしらえることがあるが、あの要領で皮膚のしたにおびただしい量の水疱ができて、親指から小指の先まで埋め尽くした。小さな水疱が競い合うように指の肉を押しのけ押しのけ、大きく成長しながら皮膚の表面に迫るのを見ていると人間の身体の不思議を思わずにはいられなかった。問題はひと粒ひと粒がしっかり痛むことである。つっぱった指の皮にすこしでも何かが触れようものなら、微弱な電気がびりびり腕に走る。これには参った。何をするにも痛みを感じずにはやれないのだ。毛布をたぐりよせる、鼻を掻く、電気のスイッチを押すといった普段意識もしない行為のいち瞬間ごとに相当の覚悟を準備せねばならない。冬の日、玄関ノブに触れるときの静電気を受ける心構えである。悪いのは、あっちは五分の勝負で、こっちは必ず電流を喰らうところだ。スプーンをにぎってゼリーをすくう手も、それを呑み込むのども痛い。苦痛を押してまでものを口にするよっぽどの必要を感じない限り、食事ということを極力しない生活に入った。

三日目夜、腹痛がはじまる。奇妙なのは、胃腸のように体内の臓器に原因があるのではなく、外部にあるような気のするところだ。天井からひもで結わえた木槌が歩くリズムにあわせて釣り鐘を叩き、全身が重苦しく響く。その木槌とはまぎれもなく陰嚢である。あわてて下着を脱ぎ、身をかがめ、ぐっと局部に目を寄せる。左右の大きさが同じでない。両翼つねに不均衡であるということは日頃の観察から男子のよく知るところであるが、これは明らかに勝手がちがう。袋のひだを指の腹で丁寧に伸ばすようにして、睾丸の外形をたどる。左が腫れている。ほんのり透けて伝える色も赤い。性器に異状がみつかるのは初めてだったから慄然とした。垂れ下がった乳首を搾乳機でしごかれる牛のように、不能になったペニスをぶらさげて必要に応じて機械的処理をうける男の哀れを想像した。私はパンツを上げて、車を駆り、近くの総合病院に乗りつけた。救急外来を受けつける警備員が「どおされましたか」と間延びした声で訊く。私は素直に「金玉が腫れている」と言った。あなたも男子なら事の重大さがわかるだろうと目で訴えた。警備員は顔色を変えて私より憔悴した様子で手続きを進めた。夜間わびしい廊下の長椅子で問診票を書く。ペンをにぎる手が痛い。椅子の座にふれて陰嚢が痛む。ベルの鳴る体温計をとりだすと、熱は三十八度二分あった。

私と二三歳も変わらない若い医師がでてきて、下着を脱ぐようそっけなく言った。医師はまさに暗中手さぐりで陰嚢内の睾丸と精管のぐあいを検めた。ゴム手袋越しとはいえ陰部に男の手が触れるのは初めてだった。面と向かって一方が一方の性器をいじるという状況下にあって何かしら珍妙な感情を抱いてしかるべきところ、幸運にも連日の微熱と絶食でとろんとした頭では、いまおれは金玉をいじられているんだなあ、という単純な事実を超えて、なにか複雑な文脈を読み込んで想うところはなかった。恥ずかしさでいえば、性病の可能性を疑う医師にたいして、断じてそれはないと言い切ってしまえる自分の境遇のほうが恥であった。性病といえたほうがどんなに恰好がついたか。私はふつう五歳以下の子どもの罹る手足口病で金玉を腫らしている男だ。
「ウイルスに感染するとまれに腫れることがある。大事ではない」ということで決着がついた。割高の診療代を払うと、財布に駐車場代が残らなかった。金を都合するために、タクシーを呼んで自宅に現金をとりに戻り、ふたたび病院に帰って今度はじぶんの車で病院を出た。すべてが徒労だった。寒気と痛みに全身を震わせながら夜道を疾走する車内でひとり私は声をだして笑った。

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