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おならっぷばーん

なにも考えずに、楽しむ

ぼくは髪の切り方がわからない

じぶんで髪をどうにかしようという発想がないから、床屋に行って注文をだすときに苦労する。

「今日はどうしましょう」と訊かれて、小学生の頃は「ふつう」と答えていた。よくよく考えれば髪型を「ふつう」にしてくれとはヘンな依頼である。52歳の理髪師の「ふつう」と小学4年生のぼくの「ふつう」は当然ちがうわけで、ガキは丸刈りで結構と床屋が思うなら、バリカンで3mmのたわし頭にされて店から出されても、やり直してくれとガラス戸は叩けない。結局この「ふつう」とは、じぶんの髪との前向きな交際を断念して、あなたの判断と処理にすべてを任せますよという無責任な態度、没交渉主義のあらわれである。

そんな生き方でいるから、しぜんと散髪がめんどうになって長髪になる。いっそあやしい宗教者みたいに、後ろで束ねるぐらいまで伸ばしてやろうと思って、このところ半年は切らずにいた。前髪は鼻のあたまから口もとにとどき、えり足は肩に触れて前に垂れようとする所まできて、全部ばっさり切ってしまった。友人のひとことが効いたのだ。「治験のバイトにいくと、お前みたいな髪型のやつばっかりなんだよ。いい歳して、ただのぐうたらで髪を伸ばしてるだけのダメな奴がさ」

本人の実態がどうあれ、髪を手入れしないことは、対人スキルの欠落や社会への不適合をあらわす指標として一般に理解されている。他人にどう思われようが関係あるめえと我が道を驀進できる肝っ玉のすわった男子ならまだしも、元来小心者で人の評価ばかりが気になって仕方がないぼくは、友人のことばから数時間後にはもう近所の床屋で順番待ちをしていた。理髪師がどうするのかと訊く。ぼくは「とにかくふつうにしてください」と言った。

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