おならっぷばーん

真夜中の異臭さわぎ

ひきこもりと間仕切り

部屋を抜ける風が速い。自室と廊下をへだてる木製の引き戸が上下の溝をたたいて荒々しい音がでる。こんな日は、戸を開けっぱなしにする。自分の家でだれに見られて恥ずかしいことはないのに、戸を開けたままでいるとそわそわしてくる。夏の日、玄関とびらを開けたすき間に靴をはさんで風の道をつくることがあるが、そこから悪漢や盗人が入ってくるかも知れない不安より、ふだん密閉されて完全としている扉の機能がすこしだけ破れていることに気持ち悪さを覚える。家と家でないところの空間が入り混じると、リビングに他人の座っているような、そんな気分になる。いまの住宅は、徹底的に外部と隔絶して空気も漏らさないから、換気のために終始ファンを回さねばならない。子どものころ、自分の住む家を宇宙船にみたてて地球のうえを飛ばして寝るのを日課とした。しかし家というのは、社会の真空から自分が呼吸するための空気を守るホンモノの宇宙船であったとは気づかない。

ひきこもりの誕生はよくパソコン、インターネット、搾取的な趣味の誕生にひっかけて語られるが、空間を間仕切る家の構造も大いに関係している。わたしがはじめて自分の部屋らしきものを得たのは、中学三年生のときだった。台所のほかに六畳の二部屋しかない公団住宅に、わたしと父母の三人で暮らした。当然子どもにひと部屋を与える余裕などない。唯一わたしの占有スペースがあるとすれば、それは寝室に置かれた勉強机だけだった。しばらくはそれで満足して生活したのだが、中学三年に上がって受験勉強の必要がでてくると事情は変わった。両親の寝るそばで蛍光灯をびかびか光らせるのはまずいが、夜勉強しないのはもっとまずかった。そこでわたしは、上部の押入れの横木に布団をうまい具合にひっかけて机に垂らし、いすに座った腰までがすっぽり隠れるような仕切りをつくった。机上は親の目の及ばない、初めての私空間となる。ところが、そこで私が打ち込んだのは、歴史の問題集ではなくPSPのゲームソフトだった。受け入れ先の高校が決まった頃、大きな家へ越すことになった。そこで初めて「らしきもの」でない自分の部屋が与えられて以来、わたしはひきこもりの宇宙を驀進しはじめて今日まで帰らない。

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