大衆の間で根をはっている神話

 

友人が墓を作ったというので見てきた。
なに、結婚式である。

28歳、郊外、中流。ヤンキーでも優等生でもない、60点の階層でつながる僕の友人網では、男の既婚者というのはまだ少ない。ところで、

男女は愛しあうがゆえに結婚すると考えられている。大衆の間で根をはっている神話によれば、愛とはいつどこで燃え上がるかもしれない感情、暴力的な抗うことのできぬ感情である。ほとんどの若者にとって、時にはそれほど若くない者にとっても、この神秘が人生の目的となっている。しかし、実際に結婚がどのような人々の間で行われているのかを調べるならば、キューピッドが一瞬のうちに放つ矢は、階級や収入、教育や人種的・宗教的背景などの、非常にはっきりとした回路の中を飛んでゆくことが即座にわかる。
P・L・バーガー(社会学者)

天使は無慈悲なほど正確だ。友人のなかでも公務員、大企業の社員から結婚してゆく。残されたのは、ぱっとしないブルーカラー契約社員。僕みたいなフリーターにキューピッドの矢が届く頃には、地球は5度目の氷河期を迎えている。

チャペルで遊び人Kのとなりに座った。男前の営業マンで、親の遺した二世帯住宅にひとりで住んでいる。高級スーツの袖口で、まるで何時かわからないスイス製の腕時計が光る。
「女から結婚の話がでたら、どうしてるの?」
と訊くと、
「ほのめかされたら、それが別れのとき」
と答えた。言ってみたいセリフである。

結婚式で感動するのは、結婚する人間の経済/社会関係資本の可視化、つまり金と人脈が目に見えることだ。友人のスピーチ? 一人で感きわまってるんじゃないよ。両親への手紙? 部外者が聞いても白けるだけだ。式場と料理をみれば、いくら掛けたのかわかる。参列者の人数と顔ぶれをみれば、どれだけ人望があるのかしれる。披露宴で披露するのは、相手の顔だけじゃない。財布と名刺入れまで暗に見せびらかしているのである。そして僕は、同じことをやれ、と言われた時のことを思って恐怖する。会場は公民館の会議室、パイプ椅子から立ち上がって言う、「本日はお忙しいところ私たちのために…」、部屋には誰もいない。新婦の席では、女装した僕がにっこり笑ってこちらを見ている。

二次会の余興で、素人の踊りと歌に、笑顔をつくって手拍子を合わせているとき、いったいこの時間は何なのだろう、と悲しくなった。「飲まなきゃやってられるか」と友人たちは次々にビールグラスを空にしたが、僕は酒が飲めない。シラフでのぞむ宴会は、裸眼で潜る海中と似ている。

ジンジャエールを注文すると、気をつかった店員に
「アルコールをお控えですか? それならシャンパンをオレンジジュースに変更できますが」
と言われ、なにも考えずに、はいと答えた。シャンパングラスに、工事現場のポールで見るような原色のオレンジジュースが注がれる。円卓でただ一人、黄色のグラスを持ち上げて、乾杯した。ジンジャエールなら、バレなかったのに。

朝から慣れぬスーツで動きまわり、家に帰る頃には、身体がどろどろに溶けて原型をとどめていなかった。かき集めた肉片を布団にしみ込ませたのが23時。3次4次会まで出席した連中は、午前2時半の帰宅だ。社会人はタフだな、と思った。突き出たビール腹は、ボクサーで言うシックス・パック、サラリーマンの戦闘体型である。

いい服、いい時計、いい車。いい嫁、いい家、いい家族。世間的な幸せを断念すれば、必死に働かなくとも生きていけるものだ、と思っている。でも何だろうね、この涙は。

 

…以上、新郎のご友人かたむきみちお様からの祝電をご紹介いたしました。続きまして……

 

スロットでグウェイ

 

スロットで買った! 豪遊するぞ!

f:id:gmor:20170930153151j:image(5000円で豪遊と言い張るところから、勝ち額を察してください)

 

f:id:gmor:20170930153157j:image来た!

 

f:id:gmor:20170930153202j:imageグウェイ師匠、おはようございます!

 

 

f:id:gmor:20170930153206j:imageヘミングウェイの本はいろんな出版社から出ているが、アローブックスを買う。表紙絵が映画の一コマを切り取ったみたいでカッコいいのだ。

これで5000円を使い切った。それなら1冊800円くらいか、と思う人は計算まちがいをしている。本が届くまでに、僕が4万円負けたことを考慮してほしい。1冊あたり7500円が正解だ。なにが正解だよ、くそが! こんな高い本いままで買ったことねーよ! しかも中古だぞ! 師匠、ほんまカンベンしてほしいすわぁ。

 

 

・・・

 

開高健の遺作『珠玉』の解説で、文芸評論家の佐伯彰一は言った。

”開高には、今からふり返ってみると、不思議とヘミングウェイと重なり合う所が浮び上る。第一に、幅広い旅行者体験、とくに僻地や、戦争、革命などの危険な出来事の渦中にのりこんでゆかずにおかない態度と生き方、いわばたえず現場にわが身をさらすという、嗜欲旺盛なジャーナリスト魂、そして第二に、釣りへのあの熱中的なのめりこみ、……堂に入った酒好きといい、「鬱」にとりつかれ、悩まされた具合といい、さらには中年以降の開高については、身体つきまで、にわかに厚み、逞しさを加えてヘミングウェイと似通ってきていた。そして六十歳前後という没年までが、お互いほぼ重なり合う”

ところが作風と文体はまるで違う、と話は進む。僕はヘミングウェイの文章を読むと開高健の口調で訳文が再生され、逆に開高の本ではヘミングウェイの文章が重なってみえる。同時期に読んだから混ざったらしいが、混ざるにも条件はある。むかし、幸田露伴の『五重塔』の初版復刻版を買った、という話をした。 

 

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言葉づかいが古過ぎて読めない、と嘆いたが、これを立川談志が講談の演目で話していると思い、耳で読んでみると、霧が晴れたようにスカッとことばの意味が頭に入ってきて終わりまで一気に読めてしまった、という不思議な体験をした。立川談志は江戸文化を継承していたのだと思った。

開高とヘミングウェイは男らしい。男であるのと男らしいことは違う。メニューと料理の関係である。僕は男だが、旅行にも戦争にも行きたくないし、世界の現実をペンを握って暴露してやろうという気概も根性もない。釣り竿、たき火、寝ぶくろとは関わりたくない。酒もタバコも嫌だ。憂うつになるには繊細さが足りない。身体はすきま風も塞げぬ板一枚である。だから男らしい男に惹かれるんだろうな。

僕も男になりたいよ、男に。

 

 

こんな古本、買いました

 

1.詩集

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白凰社の「青春の詩集」というシリーズが、ドバッと売られていた。単品なら買わないのに、揃っていると欲しくなる。読むというより、飾りたい。ほかにランボーリルケボードレールがあった。外国の詩は、原語でないと意味を損した気になるので手を出さないでおく。西條八十立原道造は誰かわからない。旅行に友人の結婚式と、とにかく金金金にこだわる即物的な俗念に心が汚れているので、詩の成分で浄化されたい。(各200円)

 

2.新書

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芭蕉のなにが凄いのか知らないが、なんであれ「人生と芸術」とか言われたら買うのである。実は芭蕉は旅を終えてから紀行文を書いた、という話を、まるで生放送に似せた録画番組のやらせを非難するみたいに語る人がいるが、経験と回想に時間があくからこそ、にごった酒におりの沈殿が起こり、上澄みが抜ける。その場で書いていたら傑作として現代に息をしていないと思うのだ。僕自身、先週の旅の記録を書こうとして、書き出せないでいる、その先延ばしの理由欲しさから言っておく。

『言葉と無意識』は、バカにつける薬である。
目次に、
● <間テクスト性>と意味生成
● 逆ホメオスタシス
● <カオスモス>の現出
と、いかつい単語が並んでいる。
記号<>をつかう本はややこしい。読む前から<ややこしさというこうばしさ>が鼻につく。学業を離れ、完全なフリーターとして落ちこぼれて半年あまり、レポートの締め切りも、研究成果の発表もなければ、仕事は身体を使う単純作業。頭をひねることがなくなり、あん・ぽん・たん、という単調なリズムが脳を支配する。それは知性の退場曲であり、バカの入場曲である。鏡をみると、低能を絵に描いて貼りつけたような顔がある。このままではまずい、という危機感が、わけの分からない本を買わせた。(各108円)

 

3.井伏鱒二ゾーン

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未読作はあるだけ買う。
とくにエッセイは、おもしろくない。本当である。おもしろく書こうとしていないし、おもしろいことを扱おうともしていない。なのにおもしろいのだ。絵でも音楽でも、うますぎるものはかえって普通にみえる、という技術の最高到達点だろうか。うまさだけが目立つようじゃまだまだなんだよなあ――高級料理とおふくろの味。(各108円)

 

 

5.一般書

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井上ひさし大江健三郎筒井康隆が立ち話していたら、スマホいじるふりして近寄って、盗み聞きするし、糸井重里と有名人の群れが喫茶店にいたら、となりの席にすわって耳をそばだてる。(各200円)

 

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岩波文庫版があるのに買ってしまった。いをゐ、礼を禮、発を發、写真を寫眞と書く旧字体のかもす雰囲気にやられた。僕に言わせればこの本じたいがもはや古寺巡礼なのである。パッケージも古風で良い。CD・DVDの限定版/通常版をふたつ買う奴のことをバカにしていたが、自分のことであった。(200円) 

 

 

おしまい\(^o^)/